マッチングアプリを始めた頃から緩やかに何の意味も持たない “経験人数” だけが増えていった【神野藍】第7回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第7回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめる。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第7回。
【誰かの隣–体温を感じることのできる距離にいると・・・】
東京という土地に漂う無関心さは私にとってすごく居心地が良かった。
これまで長く住んでいたあの土地は良いことも悪いこともすぐに広まった。そして広めるだけでなく、自分の生活に関係ない誰かの人生について彼らはいつまでも覚えていた。「そういえば、あの時こういうことが」「思い出した、あの子はこんな感じで」といった具合にだ。そういうところが堪らなく嫌いだった。
上京する前の一番の心配だった一人暮らしは特に問題はなかったし、気軽に遊びに誘えるぐらいの友人もすぐにできた。成績は真ん中ぐらいの層におさまっていたが、推薦枠や奨学金の基準には達していて何も問題がなかった。入学したては、新歓やサークルの合宿などのお祭りムードで浮足立っていたが、梅雨が明けるぐらいにはそれも落ち着いた。
暑さが過ぎ去ったころに、先輩の紹介でインターンを始めた。大学に合格した当初ぐらいの高い意識はなかったが、それでも「何か将来を見据えて頑張りたいな」とは思っていたし、何よりもそこでの作業はすごく楽しかった。メンバーのほとんどが年上だったが、一人だけ同じ学年の女の子がいて、その子に負けたくなくて必死に仕事をこなしていたのを今でもよく覚えている。
同じ時期にマッチングアプリを始めて、自分は会ったばかりの好意を持っているのかどうか曖昧な人とでも簡単に肌を重ねられることを知った。けれど同じ人と何度も会って関係を構築したり、セックス以外のこと、例えば昼間どこかに遊びにいったりするのは面倒だと感じてしまっていた。そうしているうちに、緩やかに何の意味も持たない経験人数だけが加算されていった。何度行為におよぼうが、気持ち良いとか楽しいと思わなかったし、強く欲してもいなかった。強いて言うならば、誰かの隣―体温を感じることのできる距離にいると、よく眠れる気がして、セックスはそれのおまけみたいなものだった。
よくよく考えてみると、このときからセックスを手段として利用していたのかと気がつき、少し笑ってしまった。